各地の用水路を見て回っているが、神奈川の用水路については、帰りの交通渋滞が厄介なため、手を付けていなかった。最近は湧水地や水道道などにも足を延ばしており、後回しにしていた二ヶ領用水を本日見に行くことにした。
今回は土曜日。バレーに影響のない短いコースとし、出発も6時少し前。高速道路があちこち赤くなっていたので、下道で皇居から246号を経由して多摩川を越え、JR中野島駅近くのコインパーキングへ。パーキングに入りながら料金を確認したら、土日祝日は24時間の定額料金がない……。30分220円……。すぐ近くに12時間800円のところがあったことを思い出し、そちらに移動。ゲート式パーキングなので、チケットを差し込んだら、0円……。すぐに出る人には優しかった。(;^_^A少し離れているが、どうせ中野島駅まで輪行で戻り、その後、自転車を組み立てるので、多少離れていても問題ない。8時少し前に中野島駅前を出発し、二か所の取水口に寄って用水路終端まで。終端先の暗渠部分で、二ヶ領用水のまま延びている下平間小学校先まで足を延ばして、JR鹿島田駅にゴールした。
二ヶ領用水は、1597年、江戸時代初期に家康の指示で小泉次大夫が着手し、1611年に完成した用水路。二つの領地(稲毛領・川崎領)に多摩川の水を引き、新田開発や農業生産に役立てた。
用水路開削を指揮した小泉次大夫は、右岸の二ヶ領用水、左岸の六郷用水の開削を一体的に進めている。時代的には、伊奈忠次による利根川東遷が少し前に始まっており、二ヶ領用水の工事がこれに続く形で進められていた。これらの河川改修は、関東広域を管轄する代官頭の伊奈忠次と、多摩川下流の限られた区域で開発や代官業務を担う小泉次大夫……。いくら調べても、この二人をつなぐ資料は見つからなかった。家康とともに関東入府した二人、関係性を示す資料が見つかったら……夢があるのになぁ……。
なお、自宅への帰り道で、川崎駅近くの長継山妙遠寺にある小泉次大夫のお墓に寄ったほか、小泉次太夫夫婦以外の一族が葬られた蒲田の廃寺(円竜寺 小泉家受領地)に残るお墓にも寄って、自宅に戻った。例によって東京ゲートブリッジを利用し、高速道路は使用しなかった。今回は高速代なし。昼飯とジュース代、ガソリン代だけで済み、コスパのいい自転車遊びだった。
GoogleMap https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1e5njLnvH6BcWdfNDHsa_cXsq8a1QYcA&usp=sharing
Strava https://www.strava.com/activities/20799014796
Relive https://www.relive.com/ja/view/vRO7zNnVEyv
JR南武線 中野島駅
二ヶ領用水中野島取入れ口(上河原取水口)
二ヶ領用水祝河原堰取水口
久地円筒分水
二ヶ領用水終端
廃寺となった場所にある小泉一族の墓(小泉次太夫の墓はない)


















